~東日本編~(慶応年入隊士)~
《4月・江戸にて》
田内 知 宮川信吉 出身 武蔵国羽生 出身 武蔵国多摩郡大沢村 武芸・流派 不詳 武芸・流派 剣術・天然理心流 生没年 天保10(1839)~慶応3年(1867)1月10日 生没年 天保14(1843)年~慶応3年(1867)12月7日 よみ 不詳 よみ 不詳 愛刀 不詳 愛刀 不詳 役職 仮同志 役職 平士・伍長 お勧め映画 なし お勧め映画 なし 八条村付近の借家に住まわせていた妾が、浮気相手の水戸藩士と密会のところへ訪問。出されていた酒肴を不審に思い詰問していると、押し入れに隠れていた相手に背後から肩先と両足を斬られて動けず士道不覚悟として切腹を言い渡される、妾は水戸藩士と逃亡した。 近藤勇の甥に当たる。沖田総司の1番隊に属し油小路花屋敷の天満屋騒動では
紀州藩の三浦休太郎を警護し、任務を全うして討死した。
紀州藩では感謝の意をこめて42両の弔慰金を霊前に供えている。
志村武蔵 今井裕次郎 出身 相模国(美作国津山とも) 出身 信濃国(武蔵国江戸とも) 武芸・流派 不詳 武芸・流派 不詳 生没年 天保4(1833)~? 生没年 天保15(1844)年~明治元年(1868)12月7日 慶応4年とも よみ 不詳 よみ 不詳 愛刀 不詳 愛刀 不詳 役職 平士、伍長・会津新撰組・大砲指図役、大砲方護衛 大砲方頭取 役職 平士 お勧め映画 なし お勧め映画 なし 佐野七五三之助の自刃にとどめを刺したことが知られている鳥羽伏見戦争甲州勝沼戦争に従軍。会津・如来堂で戦死と有るが、生還して東京にて病死。 大石鍬次郎の実弟と争い殺害。鳥羽伏見戦争時、淀にて重傷。江戸帰還中の舟で死亡した。
三井丑之助 真田四目之進 出身 上野国館林(羽前とも) 出身 武蔵国江戸 武芸・流派 不詳 武芸・流派 不詳 生没年 天保12(1841)~? 生没年 天保15(1844)年~明治元年(1868)1月5日 よみ 不詳 よみ 不詳 愛刀 不詳 愛刀 不詳 役職 平士、伍長、勘定方 役職 平士、伍長、撃剣教授心得 お勧め映画 なし お勧め映画 なし 鳥羽伏見戦争、甲州勝沼戦争に従軍後に五兵衛新田に駐屯。その後大石鍬次郎らとともに脱走、薩摩軍に寝返って加納伊豆太郎に協力し、大石をおびき出し捕縛する。明治2年6月、薩摩藩に召し抱えられ定府小姓となる。明治4年12月に開拓使に再出仕、同7年には佐賀の乱に出張する。辞して東京渋谷村に住むが以後の消息不明。 慶応元年4月に江戸で新撰組に加入三番に属して上洛する。明治元年1月鳥羽伏見の戦いに従軍し淀、千両松にて戦死する。
鈴木直人 小林峰三郎 出身 上総国鶴舞 出身 上野国 武芸・流派 不詳 武芸・流派 不詳 生没年 天保15(1844)~明治元年(1868)1月5日 生没年 天保14(1843)年~明治元年(1868)1月5日 よみ 不詳 よみ 不詳 愛刀 不詳 愛刀 不詳 役職 平士、撃剣教授心得 役職 平士、伍長、撃剣教授心得 お勧め映画 なし お勧め映画 なし 慶応2年5月12日夜、魚棚烏丸西において山居三位の家来・森某と口論になり殺害する。
鳥羽伏見戦争時、淀・千両松にて戦死。鳥羽伏見戦争時、淀・千両松にて戦死。あるいは1月6日の八幡での戦闘にて戦死ともある。
一説に生存説もある。
石川三郎 桜井勇之進 出身 上総国鶴舞 出身 武蔵国江戸(下総国佐倉とも) 武芸・流派 不詳 武芸・流派 不詳 生没年 弘化2(1845)~慶応元年(1865)6月21日 生没年 天保11(1840)年~慶応元年(1865)12月12日 よみ 不詳 よみ 不詳 愛刀 不詳 愛刀 不詳 役職 平士 役職 平士 お勧め映画 なし お勧め映画 なし レイプ事件を起こしたために局中法度により切腹と有るが実際は町家の婦人と密通してた(第一条士道に背くこと)のをいかにも若い隊士が犯しそうな嫌疑をなすりつけ見せしめとすることで、綱紀粛正を計ったともある。 入隊8ヶ月で死亡、原因は不明で病死が有力
細井鹿之助 中村五郎 出身 尾張国愛知郡瀬戸村(紀伊国とも) 出身 下野国宇都宮 武芸・流派 剣術・一刀流 武芸・流派 生没年 弘化2(1845)~慶応元年(1865)6月21日 生没年 天保13(1842)年~? よみ 不詳 よみ 不詳 愛刀 不詳 愛刀 不詳 役職 平士 役職 平士 お勧め映画 なし お勧め映画 なし 京都市中の商人から金を騙し取ったことが露見し、
斬罪に処される。慶応3年6月新撰組の幕臣取り立てに異議を唱え離局をはかるが挫折し守護職邸使者の間で自刃する。
富川十郎 篠崎慎八郎 出身 甲斐国 出身 常陸国松川 武芸・流派 不詳 武芸・流派 剣術・北辰一刀流 生没年 天保15(1844)~慶応3年(1867)6月14日 生没年 弘化2年~慶応4年9月1日 よみ 不詳 よみ 不詳 愛刀 不詳 愛刀 不詳 役職 平士 役職 平士、御陵衛士 お勧め映画 なし お勧め映画 なし 慶応3年6月新撰組の幕臣取り立てに異議を唱え離局を画策するが挫折したために自刃しはてる。 慶応3年6月以降に脱走。御陵衛士の残党に合流し、12月18日の伏見での近藤勇襲撃に加わる。
鳥羽伏見戦争には薩摩軍に属して参戦、京都で義勇兵を募集中に下寺町で中西登に暗殺される
林小五郎 佐久間荘太郎 出身 武蔵国江戸 出身 甲斐国府中or武蔵国 武芸・流派 不詳 武芸・流派 剣術・一刀流 槍術・天淵流 馬術・神当流 生没年 天保15(1844)~明治元年(1868)1月5日 生没年 文政12年~? よみ 不詳 よみ 不詳 愛刀 不詳 愛刀 不詳 役職 平士 役職 平士、伍長 お勧め映画 なし お勧め映画 なし 鳥羽伏見戦争に参戦し淀・千両松において戦死した 慶応元年4月に新選組加入先番に属して上洛する。
翌5月の山崎丞名簿では148人中40位で6番伍長と記される。慶応2年冬の名簿にも記載されるが、慶応3年6月の幕臣取り立て名簿には名前が無く、その間に離隊したと思われる。
塩沢麟次郎 吉沢平三 出身 甲斐国 出身 不詳 武芸・流派 剣術・小野派一刀流、手裏剣・荒木流、杜秤刀 武芸・流派 剣術・一刀流 槍術・天淵流 馬術・神当流 生没年 天保12(1841)~? 生没年 天保6年(1835)~? よみ 不詳 よみ 不詳 愛刀 不詳 愛刀 不詳 役職 平士 役職 平士 お勧め映画 なし お勧め映画 なし 慶応2年の山崎丞名簿では148人中89位で、二番平士となっている。が、同2年冬の名簿には掲載されておらず、それまでに離隊したと思われる。 『英名録』によれば出身は「新州」、「信州」かも。
慶応2年の冬の名簿には登場せずそれまでに離隊したと思われる。
川津平三 古川小次郎 出身 常陸国 出身 不詳 武芸・流派 不詳 武芸・流派 剣術・一刀流 槍術・天淵流 馬術・神当流 生没年 天保6(1837)~? 生没年 天保6年(1835)~? よみ 不詳 よみ 不詳 愛刀 不詳 愛刀 不詳 役職 平士 役職 平士 お勧め映画 なし お勧め映画 なし 後番に属して上洛する。6番平士で慶応2年冬の名簿には登場するが慶応3年6月の幕臣取り立て時の名簿には登場しない。その間に離隊したと思われる 『英名録』によれば出身は「新州」、「信州」かも。
慶応2年の冬の名簿には登場せずそれまでに離隊したと思われる。
小川佐太郎 正木織之助 出身 美濃国大垣 出身 丹波国 武芸・流派 不詳 武芸・流派 剣術・一刀流 槍術・天淵流 馬術・神当流 生没年 弘化2(1845)~慶応2年(1866)2月18日 生没年 天保14年(1843)~? よみ 不詳 よみ 不詳 愛刀 不詳 愛刀 不詳 役職 平士 役職 平士 お勧め映画 なし お勧め映画 なし 入隊後に京都において死去。隊規違反による切腹とも言うが真相は不明。 鳥羽伏見戦争開戦後に慶応3年12月、伏見奉行所在陣中に脱走した。
逸見勝三郎 田村金七郎 出身 甲斐国府中 出身 相模国浦賀 武芸・流派 不詳 武芸・流派 不詳 生没年 天保元年(1830)~明治元年(1868)1月5日 生没年 弘化2年(1845)~? よみ 不詳 よみ 不詳 愛刀 不詳 愛刀 不詳 役職 平士 役職 平同士 お勧め映画 なし お勧め映画 なし 鳥羽伏見戦争時、淀・千両松の戦いにて戦死。
千両松際、迂生と同署にて弾丸を受け即死と記録する鳥羽伏見戦争に参戦後新撰組は江戸に帰還するが同行し江戸にて脱走した、以後の消息は不明。
佐久間登人 田中梅次郎 出身 武蔵国江戸 出身 不詳 武芸・流派 不詳 武芸・流派 不詳 生没年 嘉永元年(1848)~? 生没年 天保12年(1841)~? よみ 不詳 よみ 不詳 愛刀 不詳 愛刀 不詳 役職 平士 役職 平士 お勧め映画 なし お勧め映画 なし 慶応元年4月に入隊。同3年6月以前に離隊している。以後の消息は不明。 慶応元年4月に入隊し同年7月以前に離隊し、以後の消息は不明。
稲芳雄三郎 村上金之助 出身 下総国佐倉 出身 筑後国 武芸・流派 不詳 武芸・流派 剣術・浅山一伝流、柔術・扱山流 生没年 弘化2年(1845)~明治9年(1876) 生没年 天保13年(1842)~? よみ 不詳 よみ 不詳 愛刀 不詳 愛刀 不詳 役職 平士 役職 平士 お勧め映画 なし お勧め映画 なし 変名を多く使っている。
稲葉五六郎→稲芳雄三郎→沢五六郎→稲吉竜馬
元治元年3月水戸天狗党は筑波山挙兵しそれに参加し幽閉された同志を救うため目明し3人を殺害し
京都に逃れ入隊する。明治元年に赤報隊を結成した相楽総三とも知り合いだったようで、明治4年には
反政府運動を行い逮捕される。釈放後は政府に出仕するが、明治9年に病死した。江戸に居住。村上萬次郎の兄、江戸での隊士募集に応じたが上洛名簿に無い事から、加盟直後に離局したのかも
深井賢之助 長沢武雄 出身 武蔵国 出身 甲斐国 武芸・流派 剣術・小野派一刀流 武芸・流派 剣術・田宮流 生没年 天保2年(1831)~ 生没年 弘化元年(1842)~? よみ 不詳 よみ 不詳 愛刀 不詳 愛刀 不詳 役職 未入隊・上洛しなかったようだ 役職 未入隊・上洛しなかったようだ お勧め映画 なし お勧め映画 なし 土方歳三らと江戸で隊士募集に応じているが以後の上洛名簿に名前が無い。早期離局か? 甲斐郷士と記録される。江戸で新撰組に加盟する。
早期離局か?
野崎太郎 布施鍋三郎 出身 武蔵国 出身 不詳 武芸・流派 剣術・小野派一刀流 武芸・流派 不詳 生没年 弘化3年(1846)~? 生没年 不詳 よみ 不詳 よみ 不詳 愛刀 不詳 愛刀 不詳 役職 未入隊・上洛しなかったようだ 役職 未入隊・上洛しなかったようだ お勧め映画 なし お勧め映画 なし 土方歳三らと江戸で隊士募集に応じているが以後の上洛名簿に名前が無い。早期離局か? 慶応元年4月に江戸での隊士募集に応じているが以後の名簿から名前が見いだせない。布施山多喜人と変名
正木要蔵 出身 不詳 武芸・流派 不詳 生没年 弘化3年(1846)~? よみ 不詳 愛刀 不詳 役職 未入隊・上洛しなかったようだ お勧め映画 なし 土方歳三らと江戸で新撰組に加盟するが上洛せず終わったようだ。募集時に土方歳三が同行した
伊藤甲子太郎・斎藤一が集めた者だ。入隊した正木織之助と同一人物かも